クリーチャープレイバスケットボール 第四十九章 二つの愛 三話

第四十九章 二つの愛 三話

 輝美は背中からのっかっていた郁美から離れ、包丁を蹴り、万が一の事を想定し、郁美に包丁を近づけさせない。

 癖なのか、輝美は右手の失った人差し指に痛みを感じながらも、弾切れの拳銃に弾を装填する。

 そして、輝美も大きな息を吐き捨て、床に尻を強く付ける。

 「フフフフッ、私の付きもここまでかしら」

 郁美は、何か思い残した事があるかのように、切ない表情で、床に頬を付けていた。

 そこえ……。

 「ああ。あんたの命運は尽きてるぜ。お師匠さんよ」

 「「ン⁉」」

 どこからか冷徹な悪意の声が、明人たちの耳に入ると、死の旋律でも奏でられたかのように、身を竦ませる。

 そして、明人たちがその人物に振り向く前に。

 ドン!

 「うぐっ!」

 リビングの扉から、なんと、ツエルブが血まみれになりながらも、拳銃で床に突っ伏せている郁美の背中に向け、一発、発砲した。

 痛みで呻き声を上げる郁美。

 「母さん!」

 「くそ!」

 「イヒハハハハ! 見せてみろ明人。実の母親が殺され、憎と怨嗟の炎でたぎり切った目をよ!」

 ドン!

 「アハッ――!」

 そのギリギリだった。

 明人がツエルブの要望通りの目をツエルブに向けた瞬間、輝美はツエルブの額に向け発砲すると、それは当たり、ツエルブは絶命した。

 「母さん! 母さん⁉」

 郁美を仰向けにし、その生気を失いかけている顔に向け、必死に声をかける明人。

 「ふ、フフフ。そんな顔するもんじゃないわ。仮にも銅羅聖の右腕の様な子が」

 痛みに堪えながらも笑みを作る郁美。

 「それ以上喋るな! いま救急車を呼ぶ!」

 善悟が逼迫した面持ちで救急車に電話をかける。

 「迂闊だったぜ。あそこに善悟の拳銃を置いていかなかったら」

 輝美は後悔してもしきれない様な面持ちで悔しがりながら郁美を見る。

 泣きながら、郁美の頬に片手を添える明人。

 「まったく。困った子ね。いい明人? 貴方と理亜には貧しい思いをさせたわね。私はね、ただ、亡くなったあの人のためにクリプバを世界に知らしめ、グレーゾーンからホワイトな印象を受けてほしかった。いずれ文化となり、世界中から愛される競技にね。でも祥子が、あの人が守り続け、潔白を証明してきたスポーツに泥を塗ったのよ。だから私は、あの女に復讐する事を誓い、裏に回り、祥子が祈願を成就する寸前に全てを奪い、再び、クリプバに光を当てたいと思った」

 「分かった! 母さん! 頼むからそれ以上喋らないでくれ!」

 脇腹を撃たれ、出血が酷い状態の郁美は、意識を何とか繋ぎ止めながら懸命に喋り続ける。

 それを見ていられなかった明人は、喋らないでくれと、これ以上ないくらいに懇願する。

 だが、郁美は顔を弱く左右に振る。

 「でも遅かったみたい。あの女が、クリプバを賭場に使い、自民党たちに金を握らせ、メディアやマスコミにリークしない様、裏で糸を回し続けていた。その時にはもう、クリプバは後戻りできないダークサイドだったのよ。だから母さん、復讐だけを決意してたはずなんだけどね、どうしてかしら、死に際だからかしら。貴方と、理亜が、愛おしく思えて仕方ないの。ごめんね、あき……と。り、あ……」

 どんどん弱々しくなり、最後の力を振り絞って、我が子の名前を、愛情を込め、口にしていた郁美は、出血多量で、その場で息を引き取った。

 「あ、あ、あ、かあさーーーーん!」

 明人の悲しさが爆発した様な声は、町中に響き渡るぐらいのものだった。

 それを、悔しそうに見ている事しか出来なかった輝美と善悟。

 布で傷口を抑えてたり、応急処置はしてたが、どうにもならなく、今の結果になってしまった。

 虚しく、悲しすぎる時が、流れていく中、明人はふと何かを思い出したかのような表情になる。

 「……すいません。僕、これから行くところがあります」

 「駄目だ。このままお前を署まで連行する」

  何かを決心した様な鋭い目つきになる明人に、輝美は険しい表情で行く手を止める。

 だが、明人は一切ブレていなかった。

 それを目にした輝美と善悟は、今の状態で明人を取り押さえる事が出来ない、と察してしまう。

 察してしまうと言うより、腕づくで押し通ろうとする明人を見て、思わず想像してしまったのだ。

 それが分かっているからこそ、輝美は「頼む明人! これ以上、罪を重ねるな!」と熱願する。

 輝美と善悟が察したのは、明人がこれから人を殺しに行くのでは?と言う、懸念もあったからだ。

 だが、明人を捕らえたくても負傷し疲弊した善悟と輝美では心もとない。

 だからこそ、説得するしかなかった。

 その声に耳を貸していても、どうしようも出来ない思い残しが明人にはある。

 ここで逮捕されれば、二度と、日の光を浴びる事は出来ない。

 明人は、そう確信していた。

 それを重々承知してるからこそ、明人は苦虫を噛む思いで、その場を飛び出した。

 「明人!」

 輝美が声を上げるも、明人の耳には入っていない。

 「すぐに追いかけるぞ!」

 「でもお前、その指どうするんだよ⁉」

 「そんなの知ったこっちゃねえ! 今はあいつが馬鹿な真似をする前に止めるんだ!」

 輝美は善悟に鬼気迫ったかのようにそう言うと、二人の死体を置いて、明人の家を飛び出し、道路を走っている明人を目にした輝美たちは、車に乗る暇のなく走って後を追う。

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