クリーチャープレイバスケットボール 第五十二章 最高の思い出を君に届ける 九話

第五十二章 最高の思い出を君に届ける 九話

 ピアノの音が、最後の最後、流れ終わるまで、観客たちは黙っていた。

 そして、音が完全に消えると、観客たちは、盛大な拍手と喝采を理亜に贈る。

 豪真も泣きながら遺影を抱きしめながらも拍手する。

 少しすると、豪真が理亜がいるコートのど真ん中にまで歩き出す。

 そして、理亜が乗っている車椅子を正面スタンドに向ける。

 「皆様、今日はお忙しい中、足を運んで下さり、また、テレビで聴いて下さった皆様方、本当にありがとうございます。私、神崎理亜にとって、これが最後のステージです。本当はもう少しここに残って演奏したかったけど、もう指が動かなくて」

 元気で話していたかと思いきや、最後にもう弾けなくなってしまった指を悲しそうに見つめる理亜。

 そんな理亜に背中を軽く叩いてあげる豪真。

 理亜は後ろを振り向き、優しく微笑みかけてくれる豪真に目をキラキラさせる。

 「もう良いんだ。理亜。お前は良くやった。ピアノだけでなく、バスケでも、一人の人間としても、そして、彰や亡くなった皆にも、しっかりと愛を届けたさ」

 理亜にしか聞こえない様に、優しく口にしてくれる豪真。

 それを聞いた理亜は、ブワッと涙を流してしまう。

 「頑張れー!」

 「大丈夫! 私たちが着いてるよー!」

 泣いてしまい言葉を詰まらせた理亜に、奏根たちがエールを送る。

 それを聞いた他の観客たちも、理亜に励ましの言葉をかける。

 「ありがとう、皆。こんな、私を支えてくれて。本当に、ありがとう。私、皆に、少しは、返せたかな」

 涙を流しながらも、懸命に感謝の気持ちを口にしていく理亜。

 大切な物を贈ってくれた皆に、少しでも恩を返せたか不安になり、益々、泣いてしまう。

 すると、会場中にいる観客たちは、声を届けるよりも、拍手でその思いを伝えた。

 指笛を鳴らす者や、「君がナンバーワンだ!」「最高の贈り物をありがとうー!」など、そう声を挙げる者しかいなかった。

 テレビを見ていた視聴者の人たちの大半が、嗚咽を漏らしながら涙を流してしまう。

 少しの間で理亜は立ち直れた。

 皆に温かい思いを贈られた事により、再び俯かせた顔を上げる。

 泣いてはいたが、それでも最後に伝えたい言葉があった。

 「皆さん。どうか、大切な人と最高の思い出を作って、それを居なくなった人のために届けて下さい。私は必ず、亡くなった家族や友人にこの思いを届けます。だから、だから、皆、いっぱい幸せになってね!」

 最後の力を振り絞りながら、泣きながらも声を上げる理亜。

 すると、会場からは、温かい拍手が理亜に贈られる。

 理亜は胸に刻み込んだ。

 この一分一秒を。

 彰や亡くなった家族、友人に届けるために。

 そう、最高の思い出を届けるために。

 それから、一年後。

 「監督、毎日来てるの?」

 「ああ。仕事が始まる前と終わってからは必ずな」

 「……そっか」

 奏根たちを交えたメンバー全員が、理亜の命日の墓に足を運んでいた。

 理亜は、コンサートが終わってその次の日には息を引き取ってしまった。

 豪真は覚悟していたとはいえ、やはり号泣してしまった。

 大の大人が、家の中とはいえ、絶叫するほど。

 だが、豪真は立ち直った。

 それは意外にもその日の内にだ。

 その理由は、理亜のコンサートでの言葉にあった。

 大切な思い出を作って、亡くなった人のために届けると言う、言の葉を。

 だから豪真は、下唇を噛みしめ、自身を鼓舞した。

 それでも、豪真は寂しさを少しでも紛らわすため、毎日の様に理亜や彰の墓に足を踏み込む。

 だが、理亜と彰や、理亜の家族の墓以外にも、もう一人、別の人物の墓が。

 そう、智古だった。

 その訳とは?

 後に語られるだろう。

 「はあー。もっと理亜ちゃんと遊べばよかったな」

 「私も」

 「……俺もだ」

 理亜の親友である、文音が、鼻を啜りながら惜しむ様に口にすると、メンバー全員が頷く。

 全員が悲しみに囚われそうになった時、豪真が。

 「今泣いても良いんだ。とにかく、夢を追いかけ、その過程に何を残したかが分かれば、それで良い。大事なのは思い出だからな」

 「ぷっ、よく言うよう。一番泣いてた人がさあ」

 「そうですね」

 どこか可笑しくなり、順子が豪真を弄る様に笑うと、高貴も釣られて笑う。

 他のメンバーも皆して笑ってしまう。

 すると、豪真はある過去が脳裏を過る。

 それは、理亜がピアニストを目指して一週間ほど経ってからの事だった。

 「ねえ豪真さん。私、ほんと、どこまで行っても皆に迷惑かけてるよね」

 講師の人も帰り、それでも黙々とピエノの練習をしていた理亜が、何かを思い出したかのように、鍵盤を弾いていた指を止め、随分顔を暗くしながら口にする。

 「どうした? 急に改まって?」

 「えっ! 改まってって⁉」

 豪真の素っ頓狂な言葉に一驚する理亜。

 まるで、そんなの当り前だろ? と言わんばかりな自然プリ。

 だが、豪真はにっこり笑いだす。

 「良いんだよ。迷惑をかけても、最後はそれを返せたならそれで良いんだ。だから、理亜は理亜で進み続けろ。今までも、これからも、そうであっていいんだ。それが私の自慢の奥さんだからな」

 「――んもう! 豪真さんたら!」

 赤面し、そぅぽを向いてしまう理亜。

 恥ずかしすぎてつい態度に出てしまったようだ。

 そんな理亜を見てく、腹から声を上げて笑い出す豪真。

 ムスーとしながらも頬を紅潮させる理亜だったが、最後に恥ずかしそうにしながらも豪真に振り向き「ありがとう。貴方」と愛を込めて口にする。

 そんな過去を思い出し、感傷に浸る豪真。

 「ほんと、夢を掴み、思い出を残すのは至難の業だ。そうだろ。理亜」

 大空を見つめながら、誇らしく、切なげに口にする豪真。

 奏根たちも快晴の蒼穹を見て、感傷に浸りながらも、理亜たちの顔を思い浮かべる。

 あの無邪気で温かい満面の笑みを……。

 終わり

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