
第五十二章 最高の思い出を君に届ける 八話
「神崎理亜さん。そろそろお出番です」
「はーい!」
スタッフの人が出番な事を伝えると、理亜は元気よく声を上げる。
「ほんと、相変わらずだね。理亜ちゃんは」
「そうじゃな。理亜の長所の印は快晴じゃて」
エノアと芙美が、笑い合うと、いよいよ理亜が舞台に向かって車椅子で向かって行く。
後ろから押して歩く豪真も不思議と緊張してしまう。
奏根たちは観客席に戻る。
各々が席に着くと、始まりのブザーが会場中に鳴る。
「皆様方、大変お待たせしました。これより、神崎理亜さんのコンサートを開始します。どうぞ皆さま、盛大な拍手で神崎理亜さんをお出迎え下さい」
パチパチパチパチ!
司会者の人は、昔のクリプバで審判役をやっていたお兄さん。
三十代となりすっかり逞しい顔つきになっていた。
豪真が車椅子で理亜をコートのど真ん中に設置されているピアノの前まで運んでいくと、会場中から拍手の雨が降り注ぐ。
理亜は移動の際、目を閉じ上を向きながら、その拍手を胸に刻む。
これが、最後の演奏。
最高の演奏をみんなに聴いてもらい、それは彰や郁美、父親である和樹、明人にもだった。
ピアノの前に着くと、マイクもある。
理亜は車椅子に背を持たれたまま、ピアノの鍵盤を優しく触れる。
すると、会場内は音一つない静寂となる。
豪真も静かにその場を去り、出入り口の中にまで戻り、そこから理亜を見守る。
既にチューニングは済ませてあるピアノ。
理亜はゆっくり目を瞑り、深呼吸する。
今使える五感をフル活用し、ゆっくり目を開けて鍵盤を弾き始める。
「高あく。高あくー。この手を伸ばすよー♪ きいっと~ きいっと~どこまでも君の傍に居るから~♪」
最初からサビの部分から始まる、理亜の世界大ヒット作、『いつまでも君の傍にいるよ』
この曲はバラードでありながらテンポの良い、心温まりながらどこか気持ちが昂る味わいがあった。
「私じゃあ、どこか頼りないかなあ? それでも君の傍に居たいと~ どこまでも渇望するよ~♪ 君が良いと言うなら私はこの手を差し伸べ続けるよ~♪ どこに居たって必ず見つけ出すから、だって私は~君が好きだから~♪」
ダイナミックな動きはもう出来ないが、理亜のその指先や声には、しっかりと愛が籠っていた。
優しく届けたい、そんな儚げな思いが、観客たちに届いていく。
心が露わになる様な力強く繊細な歌。
そんな歌を出入り口で聴きながら、豪真は泣きながら、彰の遺影を抱きしめていた。
「見ているか彰。ママは必ずお前の傍にいる。どこに居ても見つけて、天国に居る彰に近付ける様、これからも、ママは高く上り続ける。何度だって天辺を取り続けるんだ。だから彰。寂しくなんかないぞ」
鼻を啜り、声が枯れそうでありながらも、大粒の涙を流しながらも、天国に居る彰に、豪真は知ってもらおうと、ありったけの感情を込めて口にしていく。
抱きかかえる彰の遺影にも、自然と力が籠ってしまう。
奏根たちも泣いていた。
ここまで立派になったもんだと。
世界に感動と励みを与える理亜の存在は、いつしか奏根たちの誇りにもなっていた。
そんな理亜が、今、最後の舞台に立っている。
誰よりも弱い体でありながら、誰よりも芯が強く太い。
折れる事のない志。
奏で、歌う。
理亜は世界を愛で満ち溢れさせる。
一時かもしれないが、それでもいい。
それが、彰や郁美、和樹、明人に届くのなら。
そして、もう一人。
理亜が最後のサビを歌い終わり、演奏は終わってしまう。
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