
第四十五章 影の正体 三話
明人が祥子のオフェスに入る一時間前。
祥子はオフィスでマニキュアを付けながら誰かと話していた。
「私が天下を統一するまで後僅か」
祥子は自分の指をうっとりするように見つめ、椅子にもたれかけながら優美に話す。
「貴方の筋書きは、クリプバの決勝戦の会場を爆破し、夫の無念と、愛する選手、そして観客たちのエールを背負い、悲劇のヒロインとして世に認知させ、その逆境の中で、不抜之志を周知させ、この国の総理大臣に上り詰める事。だったかしら?」
名も知らぬその人物は、女だった。
光が照らされていないオフィスの陰から、淡々と口にする。
「そうよ。今以上の地位や権力、財政を手中に収めるには、今のままじゃ駄目なの。どこかで、人に魅かれる何かがないと」
「そのために悲劇のヒロインをポジションとして確保するために、夫を事故に見せかけ殺し、虚像の愛で選手や観客たちを亡き者にし、自分が愛していた者たちが亡くなった、と世間に泣きながら公言する事が、貴女の魅かれるプランと言う事でしょ?」
祥子は勝ち誇ったような顔で話すと、冷静な声音で口にする謎の女。
「それともう一つあるわ」
「何かしら?」
祥子がマニキュアを塗り終え、息を吹きかけ乾かし終わると、テーブルの裏側にあるスイッチを、冷徹な笑みで押した。
すると、オフィスの扉から、五人のスーツを着た男たちが押し入る様に入ってきて、拳銃を、壁に寄りかかってる謎の女に向ける。
女は銃を向けられても、陰で分からずとも、顔色一つ変えないでいた。
「貴方を殺す事よ。サイレントトップアサシンと言われている貴方を殺すことで、私の地位は盤石な物になるわ。身近に脅威が潜んでいると思うと、うざったくて仕方ないのよ」
冷笑する祥子。
その表情は、完全に裏側の人間がする様な歪で悪逆非道な顔をしていた。
その言葉を聞いたスーツを着た男たちは、銃口を影の女に向けながらじりじりと寄ってくる。
しかし、女は一切の動揺を顔には出さない。
それどころか、くだらない物でも見ているかのように、蔑視するかのように見る。
「貴方の意向は分かったわ。なら、私は私の矜持を持って、貴女を……」
女は言い切る前に、煙を巻く様にして、風の様に消えると、相手の男たちを動揺させる前に、いつの間にか男たちを横切る。
一瞬の事に目を剥く祥子。
すると、血渋きを首からまき散らし、呻き声すらも出せず、次々と男たちは倒れていく。
「なっ⁉」
祥子が酷く狼狽していると、その隙に、女は、いつの間にか祥子の背後を取り、ダガーナイフを首元に当て、耳元で何かを呟く。
「甘いのよ。私をサイレントトップアサシンと認識しておいて、この程度の雑兵で私を殺そうなんて。そもそも、貴女自身、腕は立たない。呆れるくらい無力ね」
「ま、待ってください! 貴女は亡き夫のためにクリプバを守ってきた! だからこそ私はクリプバに取って必要不可欠な存在! 私を殺せば、貴女の夫、和樹さんの無念を果たせなくなる! クリプバを存続させる事こそ、和樹さんの願望! それで良いの⁉」
必死に喚き散らす様に女を説得する祥子。
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